さて、新築時にシロアリ被害を防止するための薬剤散布をするっていうのは、意外とメーカー系やビルダー系の会社では「テッパン」の工程かと思います。ネット上でも、「法的にも求められている義務です」という記載をしている会社がホントに多いです。おそらく、その根拠条文となっているのが、建築基準法施行令第49条、49条の第2項だと思います。
◎建築基準法施行令
(外壁内部等の防腐措置等)
第四十九条 木造の外壁のうち、鉄網モルタル塗その他軸組が腐りやすい構造である部分の下地には、防水紙その他これに類するものを使用しなければならない。
2 構造耐力上主要な部分である柱、筋かい及び土台のうち、地面から一メートル以内の部分には、有効な防腐措置を講ずるとともに、必要に応じて、しろありその他の虫による害を防ぐための措置を講じなければならない。
この第2項の「必要に応じて、しろありその他の虫による害を防ぐための措置を講じなければならない。」と記載があることから、シロアリ被害を防ぐための「防蟻薬剤散布」というのをまくということが義務になってると考えている人が「大半」です。
さて、ここでちょっとした質問です。
1.「新築時」に限ったことなんですかね?
2.「薬剤散布」という記載はどこにあるんですか?
この2つに明確に答えてくれる建築士や工務店ってあるんでしょうか?w これ、結論を先にいいますが、
薬剤散布の義務規定などない
ということです。この49条の規定は、「腐りやすい木材を使う上で、その耐久性をできるだけ持続させるための措置をとっておけ」という規定で、その手法として「技術的基準」などを規定している条文ではありません。この規定をろくに法文解釈できない建築関係者が、シロアリ被害を防止するための措置として薬剤散布すれば「責任回避」できると思っているだけです。
少々深堀りします。
まず、薬剤についてです。建築基準法には「シックハウス対策規制」という条文があります。
◎建築基準法
(石綿その他の物質の飛散又は発散に対する衛生上の措置)
第二十八条の二 建築物は、石綿その他の物質の建築材料からの飛散又は発散による衛生上の支障がないよう、次に掲げる基準に適合するものとしなければならない。
一 建築材料に石綿その他の著しく衛生上有害なものとして政令で定める物質(次号及び第三号において「石綿等」という。)を添加しないこと。
二 石綿等をあらかじめ添加した建築材料(石綿等を飛散又は発散させるおそれがないものとして国土交通大臣が定めたもの又は国土交通大臣の認定を受けたものを除く。)を使用しないこと。
三 居室を有する建築物にあつては、前二号に定めるもののほか、石綿等以外の物質でその居室内において衛生上の支障を生ずるおそれがあるものとして政令で定める物質の区分に応じ、建築材料及び換気設備について政令で定める技術的基準に適合すること。
石綿って書いてありますけど、よく読むと、石綿「その他」ってなってますw この条文で材料に有害な物質を含むものは使うなってことの規定です。具体的な規制内容は「告示」として発布されています。
○ シックハウス対策に係る関係告示
・クロルピリホスを発散するおそれがない建築材料を定める件
【国土交通省告示1112号(平成14年12月26日)】
・第一種ホルムアルデヒド発散建築材料を定める件
【国土交通省告示1113号(平成14年12月26日)】
・第二種ホルムアルデヒド発散建築材料を定める件
【国土交通省告示1114号(平成14年12月26日)】
・第三種ホルムアルデヒド発散建築材料を定める件
【国土交通省告示1115号(平成14年12月26日)】
・ホルムアルデヒドの発散による衛生上の支障がないようにするために必要
な換気を確保することができる居室の構造方法を定める件
【国土交通省告示273号(平成15年3月27日)】
・ホルムアルデヒドの発散による衛生上の支障がないようにするために必要
な換気を確保することができる換気設備の構造方法を定める件
【国土交通省告示274号(平成15年3月27日)】
シックハウス対策としての規制は「ホルムアルデヒド」の含有量を問題にしているものが主体ですが、有害物質として「クロルピリホス」は絶対使うな!という告示が一発目に発布されています。この「クロルピリホス」ですが、これは、有機リン系の化合物で殺虫剤や防蟻薬剤として使用されて「いた」化学物質です。農薬としても使われます。これを建築で使用することを禁止しています。「リン酸を飲み物に混ぜて殺人」なんていうのもあったくらい、非常に強力な薬剤です。この薬剤が長らく住宅などのシロアリ駆除で使われていた薬剤であったのは、その効果が強さと「持続期間の長さ」によるものです。これを完全に規制しています。
となりますと、シロアリ対策の薬剤は劇薬でないレベルのものを使うしかありません。厚生労働省からは以下のような毒物劇物の判定基準というものが示されています。



ここに一つの薬剤の、
(a)経口 毒物:LD50が50mg/kg以下のもの
劇物:LD50が50mg/kgを越え300mg/kg以下のもの
これ以外が普通物となりますが、このLD50というのは、試験動物の50%が死んでしまう化学物質の含有量で、数値が少なければ少ないほど「危険」なわけです。この「毒物」にも「劇物」にもならない部分の薬剤で、しかも、クロルピリホスが含有されていないものを使うということが求められるわけです。
このような規制を受けない薬剤を用いるということは、劇薬を使うわけではないので、当然、持続効果もそれほど長続きしません。一般的な防蟻薬剤は5年程度と言われています。中には10年もつ、20年もつという薬剤を売っていますようですが、クロルピリホスほどの持続時間はありませんので発散スピードが速いのです。
さて、住宅の瑕疵保証期間は10年です。10年間、構造耐力上必要な箇所の劣化があった場合には、無償で修繕することが「義務」です。防蟻薬剤の有効期間が5年程度だとして、例えば、9年目でシロアリに食われたということがあった場合、10年以内なので保証するんですかね?そもそも、10年の瑕疵保証期間を定めているのに5年しかもたない薬剤を使うというのはどういうことなんでしょうか?
もうお分かりでしょうか?だからこそ、法律的に「薬剤散布」を義務化することは「できない」のです。言い換えれば、「必要に応じて、しろありその他の虫による害を防ぐための措置を講じなければならない。」ことに対する手段として「薬剤散布」に頼るということは、品質保証の面からいっても「は?」なわけですwww
この基準法施行令第四十九条第2項は、木材の耐久性を確保する措置をとることを義務付ける条文でしかありません。その具体的な方法はこれ!っていうことの定めはありません。ですが、建築の専門家であれば、木材が腐ったり、シロアリ被害を受ける「原因」というのを知っている(はず)のです。
その原因は、
1.木材が水分を含むこと
2.乾燥までの時間がかかること
3.腐りやすい、食われやすい樹種を使うこと
なのです。先にシロアリ被害の話しをしますが、シロアリは「固い木」は食べないのです。柔らかく、適度に水分を含んでいる木を食います。そして、その木がなんらかの遮蔽物の後ろ側にあるとわかれば、大群をもって蟻道をつくり、エサになるところまで到達します。規定は「外壁面の壁」ですが、室内の壁や2階などでもシロアリの被害を受けることがあります。それは外壁部分は固くて食べられないけれど、たまたま2階や室内に柔らかい木があったことを知ったため、そこまで蟻道をつくって到達したためです。
このため、外界からの水分については木造の建物は非常に気を遣わなければなりません。一番は雨漏りです。そして壁体内結露。こうしたことが発生するのは、雨漏りなら雨仕舞の施工に、壁体内結露は断熱施工の不良というものが原因になります。したがって、まずは、この水分対策をしっかりと講じることが必要になります。
次に、樹種です。木材はどれも同じではありません。固さも違いますし、もちろんシロアリから見ればごちそうになるか、ならないかもあります。一般的に耐久性の高い樹種というものが定めれています。

これは、JASの規定です。この区分のD1を使うことが耐久性を担保する上では重要になります。また、特に水掛かりのある部分は、「高耐久樹種」を使うということが必要になります。したがって、木造の土台をヒノキで施工するというのはまさにここに理由があります。もちろん、このほかにも事前に薬剤を木材の中に注入している材料なども利用することができますが、こちらは薬剤の持続時間に左右されますので、注入する樹種の区分としてはD1を使うことが必要になります(弊社では薬注材は使用しません)。
フラット35の案内にはこんな記載もございます。

非常によくまとめられています。そして、これらのすべての項目に共通している考え方は、木材としての「耐久性の維持確保」でしかありません。木材自体の話しだけではなく、基礎の高さを確保して、雨水の跳ね返りを外壁面に受けないような工夫なども、水対策としては重要なのです。
次に「新築時に限ったことか?」ですw これは構造関係規定です。したがって新築時というわけではありません。現在建っている建物に対しても木造であればこの規定が適用されます。ちなみに、2025年4月から運用されている改正基準法では、リフォームのレベルによって確認審査が必要になりますのと、構造関係規定への準拠とその確認が省略されませんので、仮にリフォームで確認審査が必要な場合には、この規定に対する現況の対応状況は審査されることになります。
いかがでしょうか? 防腐防蟻薬剤を現場で塗布することは「義務」ではないということご理解いただけますと幸いです。