良書紹介:曳家岡本口伝 建築士が沈下修正工事を相談されたら読む本

良書紹介です♪ 大きな地震が発生すると「地盤の液状化」により上部構造である建物自体は問題なくとも、地盤の変形により基礎部分が沈下したり、あるいは浮き上がったりして、「建物が傾く」という被害が発生します。

新築時点では地盤調査を行いますので、地耐力といわれる地盤面が耐えうる荷重の想定ができますので、弱ければ地盤改良を行ったりすることで「建物を支える能力」という部分の問題はほぼ解消できますが、地盤自体が変形してしまうことで建物を水平に支えることができなくなるということまでは、実際に対策のたてようがありません(全くないわけではないですが、それでも想定できる範囲外となれば被害はでます)。

東日本大震災のときの埋め立て分譲地などに見られる液状化や、能登地震のときの海岸沿いなどの地盤変形や液状化に伴う家屋被害はメディアの報道でもご覧になった方は多いでしょう。建物原型はとどめているものの、地盤の沈下などで傾いた建物が多く報道されていました。特に分譲地などで多くの被害が出ており、それらは築年数が浅い建物ばかりで、真新しい外観を持つ家が傾く姿は本当に涙がでます。

でも、傾いた建物をなんとか真っ直ぐに直すという技術は、日本古来の建築技術として存在しており、そういった技術をもった方の集団を「曳屋(ひきや)」といいます。元々、この曳屋というのは「曳家」という、

建物を解体せず、そのままの状態で移動させること

を生業とする方です。特に郡部などでは、母屋ー荒屋の関係というものがあり、母屋で暮らしていた子供が一人前になって所帯を構える際に「荒屋」を敷地内の一角に建築しますが、その際に、元々あった蔵や納屋などを移動し場所をつくったり、時には、道向こうの所有している土地に建物を移動する(曳いてくる)などということは「当たり前」にあったことで、お年寄りとお話ししていると、今でもたまに、

「この蔵はあそこからもってきたんや!」

というような話しをされる方も多いですし、中には、

「息子が嫁もらうで、離れをここまでもってきたんや!」

などと簡単にお話しされる方もおられるくらいですw

そもそも論、建物を外観丸ごと塊として扱う仕事をするのが「曳屋」で、その際に我々建築屋というのは、曳屋さんの行った仕事の成果に対して、部分的な修繕や仕上げの新調などしっかりと仕事がわかれておりました。

そして古い建物にありがちなのは建物が経年変化で傾くといったことなのですが、その際に、お客様が私どもに相談があったとしても、まずは「曳屋」に連絡して相談にのってもらうということは「テッパン」なのです。なぜなら、建物の傾きの修正は独特の技術が必要だからです。

ですが、昨今、スクラップアンドビルドで、古いものを壊して新しくすることが歓迎される世の中で、傾いた建物をわざわざ曳屋さんにたのんで直すくらいなら壊して新しく建てようという風潮で、この「曳家技術」はほんとうに限られた方が伝承している貴重な技術になっています。従って、おそらく、建築の専門家を自称される方でも、この「曳家技術」に精通されている方は非常に少なく、お客様から相談を受けたとしてもできることと言えば、予算的な配分や修復で壊さなければならなかったところの復旧、あとは設備関係の復旧くらいなのですが、法律的に建築士が関わることが必要な工事の場合、残念ながらすべてを統括して判断できるだけの経験が建築士にいるか?といえば「いない」のです。

この「曳家岡本口伝 建築士が沈下修正工事を相談されたら読む本」は建築士であれば読むべき図書として、もはや教科書ともいえるレベルの内容です。

著者の「曳家岡本」の代表、岡本直也さんは、土佐派の曳家技術の正統伝承者として数多く曳家工事を手掛けてこられた方で、文化財保護のための工事などにも従事されてきた経緯がある方です。また、東日本大震災などの大きな地震の際に発生した液状化等で地盤変形の影響を受けた建物の沈下修正工事も手掛けられてきた方です。

偶然にもSNS上で知り合うことができ、同じ現場の第一線で仕事をする者として、その仕事ぶりには毎度のことながら感嘆するばかりです。この度、この書籍の出版にあたって、サイン入りの書籍を送っていただきました!家宝にいたします!

実はこの書籍の中に、以前、某SNSグループでのやり取りが「そのまま」掲載されています。

内容は是非、書籍で確認していただきたのですが、岡本さんがSNSで、

「こんな直し方はアカンやろ?」

というものを事例として挙げられ、それについていくつかの質問を投げかけられたので、私がお答えしたものなのですw 活字になるとすごく恥ずかしいのですが、答えの概要としては、「法的な部分」と「工学的な見地」では争う土俵が違うということと、問題なのはお客様がその修繕内容を「望んだか望まなかったか?」だということを、具体的にお話ししたつもりですw

さて、この書籍のタイトルとして「建築士が沈下修正工事を相談されたら読む本」となっておりますが、はっきり申しまして、相談されなくとも、

「なぜ沈下が発生したのか?」

という部分を逆引き的な視点で読むことで、地盤変形があったとしてもできるだけ影響を少なくすることが期待できる考え方というものが導き出されます。問題が起こったから解決策として参考にするのではなく、事例を読み解くことで、設計上、備えることができることはないか?というものが書かれています。それも、専門家でも頭を悩ますような数式ではなく、イメージと現実の姿を織り交ぜながら解説されてますので、建築士たる者がこれを読んで理解できないのであれば、もはや、地盤も構造も語る資格はないと思われます。

地盤は地盤改良を行えば地耐力は上がります。ですが、液状化に代表される地盤変形というのは、そんな地耐力の問題ではありません。被害をゼロにすることは難しいかもしれませんが、その被害をできるだけ安価に復旧して差し上げることができる構造はないか?という視点では、設計当初の「バランス」は大変重要な要素となります。

また、設計士ではない一般のお客様にも、こういった技術があり、また、経験から培われた危険な間取りや構造を見抜くことができるということだけでも知っていただくために是非、一冊お読みいただければと思います。

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